皇室の養子縁組候補は誰?男系男子は旧宮家4家に11人【改正皇室典範】

皇室典範が改正されて、旧宮家の男性が養子として皇室に入れるようになったんですよね。でも、候補って具体的に誰なんですか?

気になりますよね。名前は公表されていませんが、どの家に何人いるかは報道で伝えられています。順番に整理していきましょう。

2026年10月24日、改正皇室典範が施行されました。

これにより、1947年に皇籍を離れた旧宮家の男系男子を、皇族の養子として迎えられるようになりました。

では、養子縁組の候補となる男性は誰なのでしょうか。

専門家によると、未婚の男系男子は東久邇家・賀陽家・竹田家・久邇家の4家に、少なくとも11人いるとされています。

この記事では、家ごとの人数や養子縁組の条件、そして候補者の名前が公表されない理由まで、わかりやすくまとめました。

この記事でわかること
  • 室の養子縁組候補がいる旧宮家4家と人数
  • 養子縁組の対象になる男系男子の条件
  • 候補者の名前が公表されない理由
目次

皇室の養子縁組候補は誰?旧宮家4家に男系男子11人

皇室の養子縁組候補となる未婚の男系男子は、旧宮家4家に少なくとも11人いるとされています。

これは、皇室制度にくわしい百地章・日本大学名誉教授が示した数字です。

旧宮家未婚の男系男子(少なくとも)皇室とのつながり
東久邇家6人(壬生家を含む)昭和天皇の長女・成子さまの嫁ぎ先
賀陽家2人久邇宮家から分かれた宮家
竹田家2人明治天皇の皇女・昌子さまの嫁ぎ先
久邇家1人香淳皇后(昭和天皇の皇后)のご実家
合計11人

※人数は専門家の推計で、若い世代(おおむね30歳以下)の未婚男性を数えたものです。政府が公式に発表した数字ではありません。

4家の中では、東久邇家がいちばん多いんですね。

そうなんです。しかも東久邇家は、昭和天皇の血も引いているので、特に注目されているんですよ。

東久邇家|6人(壬生家を含む)

昭和天皇と東久邇宮家
東久邇宮家文化褒商
https://higashikuniprize.org/about-the-higashikuninomiya-family/

東久邇家は、戦後最初の総理大臣となった東久邇宮稔彦王の家系です。

長男の盛厚王が昭和天皇の長女・成子さまと結婚されたため、子孫は昭和天皇の血を引いているのが大きな特徴です。

人数には、東久邇家から壬生家へ養子に入った系統も含まれています。

成子さまは35歳の若さで亡くなられ、昭和天皇や上皇さまは、残されたお子さんたちを長く気にかけてこられたといわれます。

東久邇家は、毎年夏に一族で葉山御用邸に滞在することを特別に許されていると報じられたこともあり、旧宮家の中で現在の皇室と最も関係が深い家ともいわれています。

2026年春には、東久邇家の男子の1人が、愛子さまの新たなお相手候補として週刊誌で報じられました。

前当主・信彦氏の弟の孫にあたる方で、愛子さまより2歳年下です。

東久邇家の男子愛子さまとの年齢差2026年時点の年齢(推定)
報道された男子(Aさん)2歳下約22歳

※年齢は、2026年春の週刊誌報道(当時22歳)にもとづくものです。誕生日によって1歳前後ずれる可能性があります。

※ご本人の名前は報道でも伏せられており、ご結婚されているかどうかも公表されていません。ご本人やご家族が、養子縁組や結婚について語られたこともありません。

東久邇家の家系と候補者の世代

世代人物ポイント
初代稔彦王(1887〜1990)久邇宮朝彦親王の第9王子。明治天皇の皇女・聡子内親王と結婚。戦後最初の総理大臣
子の世代盛厚王(1916〜1969)昭和天皇の長女・成子さまと結婚
孫の世代信彦氏(1945〜2019)、壬生基博氏、眞彦氏など成子さまのお子さま方。昭和天皇の孫にあたる。信彦氏は2代目の当主。基博氏は壬生家へ養子に
ひ孫の世代征彦氏(信彦氏の長男)など信彦氏の後に家を継いだとされる
玄孫の世代Aさんなど2026年に報道されたAさんは、眞彦氏の孫にあたる

東久邇家の未婚の男系男子は、壬生家の系統も含めて少なくとも6人とされ、4家の中で最も多い家です。

2026年に報じられたAさんは、稔彦王から見ると玄孫(やしゃご)、昭和天皇から見ても玄孫にあたる世代です。

ほかの方々の名前や年齢は公表されていません。

賀陽家|2人

戦争中の賀陽宮一家
女性自身
https://jisin.jp/koushitsu/2062966/2/

賀陽家は、久邇宮朝彦親王の王子が創設した宮家です。

久邇家とは親戚関係にあたり、現在も男系の男子が続いている家のひとつです。

現在の賀陽家の正憲氏は、天皇陛下と学習院初等科から大学までの同級生として知られています。

その息子さん2人は、2026年時点で31歳と28歳。愛子さまより6〜7歳上と4歳上です。

愛子さまと年齢が近いことから、週刊誌などで愛子さまのお相手候補として報じられてきました。

ただし、ご本人やご家族が養子縁組や結婚について語られたことはありません。

賀陽家の男子愛子さまとの年齢差2026年時点の年齢(推定)
長男6~7歳上約31歳
次男4歳上約28歳

※年齢は、2026年6月の週刊誌報道にもとづくものです。

※2026年現在、ご結婚されているかどうかは公表されていません。

養子縁組の対象は「配偶者と子のいない15歳以上の男性」のため、ご結婚の状況によって対象になるかどうかが変わります。

賀陽家に付いての詳しいお話はこちらの記事でご紹介しています。

賀陽家の家系と候補者の世代

世代人物ポイント
初代邦憲王(1867〜1909)久邇宮朝彦親王の王子
2代恒憲王(1900〜1978)皇籍離脱時の当主。香淳皇后のいとこ。戦後は掌典長も務めた
子の世代邦寿氏、治憲氏、章憲氏など長男・邦寿氏、次男・治憲氏が順に当主を継いだが、ともに子がなかった
孫の世代正憲氏(1959〜)章憲氏の長男。叔父の治憲氏の後に当主を継いだ。天皇陛下の学友
ひ孫の世代正憲氏の息子2人愛子さまのお相手候補として報じられた兄弟

賀陽家の未婚の男系男子とされる2人は、正憲氏の息子さんたちで、恒憲王から見るとひ孫の世代です。

賀陽家は、当主の家に子がなく、弟の家系が家を継いできたことで、男系の血筋が今につながっています。

竹田家|2人

旧竹田宮廷(高輪プリンスホテル貴賓館)
https://4travel.jp/travelogue/11599384

竹田家は、明治39年(1906年)に創設された旧宮家です。

初代の恒久王は、北白川宮能久親王の第1王子で、明治天皇の第6皇女・昌子内親王を妃に迎えました。

そのため竹田家の子孫は、男系では伏見宮家の流れをくみ、女系では明治天皇の血を引くという特徴があります。

2代・恒徳王|「宮田参謀」と名乗って戦地へ

2代目の恒徳王は、明治42年(1909年)生まれ。陸軍士官学校を卒業した軍人皇族でした。

大東亜戦争中、恒徳王は最前線への出征を望みましたが、皇族であることを理由に認められませんでした。

そこで身分を隠すため、「竹田宮」の文字を入れ替えて「竹」を「武」にした「宮田武」という名前を使い、戦地では「宮田参謀」として過ごしたといわれています。

昭和20年(1945年)8月15日の玉音放送の翌日には、昭和天皇から、戦地の部隊に終戦のご意思を伝える役目を命じられました。

恒徳王は満州の関東軍司令部や、朝鮮の司令部などを回り、昭和天皇に代わって終戦を伝えたのです。

皇籍離脱後は「スポーツの宮様」に

恒徳王は、昭和22年(1947年)10月14日、光子妃やお子さま方とともに皇籍を離れました。

その翌月に生まれたのが、三男で、のちにJOC会長を務めた竹田恒和氏です。

皇籍離脱後の恒徳王は、日本スケート連盟や日本馬術連盟の会長を務めるなど、スポーツの振興に力を注ぎました。

昭和39年(1964年)の東京オリンピックでは、JOC委員長として大会を支えています。平成4年(1992年)に83歳で亡くなりました。

ちなみに、竹田宮邸の跡地には現在のグランドプリンスホテル高輪が建ち、本邸はホテルの貴賓館として使われています。

竹田家の家系と候補者の世代

世代人物ポイント
初代恒久王明治天皇の皇女・昌子内親王と結婚
2代恒徳王皇籍離脱時の当主。JOC委員長
子の世代恒正氏(現当主)、恒和氏など恒和氏は元JOC会長
孫の世代竹田恒泰氏など40〜50代。結婚されている方が多い
ひ孫の世代候補とされる2人?名前・年齢は非公表

竹田家といえば、テレビでよく見る竹田恒泰さんが思い浮かびます。あの方も候補なんですか?

竹田恒泰さんは恒徳王の孫で、たしかに竹田家の男系男子です。ただ、2015年にご結婚されているので、「配偶者と子のない男性」という条件には当てはまらないんですよ。

竹田家で養子縁組の対象になりうる未婚の男系男子は、少なくとも2人とされています(百地章・日大名誉教授による)。

若い世代で数えた人数なので、恒徳王から見てひ孫の世代にあたる方々と考えられます。ただし、名前や年齢は公表されていません。

2人は「10代と幼年」なので、1人は今は15歳未満で対象外。

※人数は専門家の推計で、政府が公式に発表したものではありません。2026年現在、ご本人たちの年齢や、ご結婚されているかどうかは公表されていません。

久邇家|1人

1920年頃の久邇宮邦彦王一家
https://note.com/yoshizuka/n/nad5f7aebd355

久邇家は、昭和天皇の皇后・香淳皇后のご実家です。

上皇さまや天皇陛下、悠仁さまにも久邇家の血が流れていることから、現在の皇室と血縁上もっとも近い旧宮家ともいわれます。

初代・朝彦親王|幕末の京都で活躍した宮様

初代の朝彦親王は、伏見宮邦家親王の第4王子です。

もとは青蓮院門跡というお寺のトップでしたが、幕末に孝明天皇の信頼を受けて還俗し、京都の政局で大きな役割を果たしました。

明治8年(1875年)に久邇宮の宮号を賜っています。

久邇家は「宮家を生んだ宮家」でもあります。

朝彦親王の王子たちから、賀陽宮・朝香宮・東久邇宮などが分かれていきました。

今回の4家のうち、竹田家以外の3家はすべて朝彦親王の子孫ということになります。

2代・邦彦王と香淳皇后

2代目の邦彦王は陸軍大将を務めた方で、その長女・良子女王が、のちの昭和天皇の皇后(香淳皇后)です。

大正13年(1924年)、香淳皇后は渋谷の久邇宮邸から十二単姿で嫁がれました。

この御殿は今も聖心女子大学の敷地内に残っています。

皇籍離脱から現在へ

昭和22年(1947年)の皇籍離脱のときの当主は、3代目の朝融王(香淳皇后の兄)でした。

その後は長男の邦昭氏が家を継ぎ、伊勢神宮の大宮司や神社本庁の統理を務めています。

さらに邦昭氏の長男・朝尊氏は、2022年から伊勢神宮の大宮司を務めています。

天皇陛下とは「またいとこ」にあたる方です。

2026年8月に愛子さまが伊勢神宮を参拝されたときも、大宮司は朝尊氏でした。

愛子さまが伊勢神宮を参拝されたときの話題についてはこちらの記事でご紹介しています。

久邇家の家系と候補者の世代

世代人物ポイント
初代朝彦親王(1824〜1891)伏見宮邦家親王の第4王子。賀陽宮・東久邇宮などの祖
2代邦彦王(1873〜1929)香淳皇后の父。陸軍大将
3代朝融王(1901〜1959)皇籍離脱時の当主。香淳皇后の兄
子の世代邦昭氏(1929〜)、朝宏氏など邦昭氏は元伊勢神宮大宮司。朝宏氏は3歳で皇籍離脱
孫の世代朝尊氏、邦晴氏など朝尊氏は現在の伊勢神宮大宮司
ひ孫の世代候補とされる1人?名前・年齢は非公表(10代と判明)

久邇家で養子縁組の対象になりうる未婚の男系男子は、少なくとも1人とされています。

若い世代で数えた人数なので、皇籍離脱時の当主・朝融王から見てひ孫の世代にあたる方と考えられますが、名前や年齢は公表されていません。

久邇家の方々は、養子縁組についてどう考えているんですか?

邦昭氏の弟の朝宏氏は、2026年にメディアの取材に答えています。民間で育った人が皇族になるには相当な覚悟が必要で、手を挙げる人はいないのでは、と慎重な見方を示していましたね。

※人数は専門家の推計で、政府が公式に発表したものではありません。2026年現在、ご本人の年齢や、ご結婚されているかどうかは公表されていません。

4家のつながりをかんたんに整理

4家はバラバラの家に見えますが、たどっていくとすべて伏見宮家という一つの宮家にたどり着きます。

ここでは「男系のつながり」と「皇室との結婚によるつながり」の2つに分けて整理します。

男系のつながり|すべて伏見宮邦家親王の子孫

4家の出発点は、幕末の伏見宮邦家親王です。

邦家親王にはたくさんの王子がいて、その子孫が明治以降に次々と新しい宮家を作りました。

伏見宮邦家親王
├─ 第4王子 朝彦親王(久邇宮家の初代)
│   ├─ 邦彦王 ……… 久邇家
│   ├─ 邦憲王 ……… 賀陽家
│   └─ 稔彦王 ……… 東久邇家
│
└─ 第9王子 能久親王(北白川宮家)
     └─ 恒久王 ……… 竹田家
旧宮家創設した人父邦家親王から見ると
久邇家朝彦親王伏見宮邦家親王子
賀陽家邦憲王久邇宮朝彦親王孫
東久邇家稔彦王久邇宮朝彦親王孫
竹田家恒久王北白川宮能久親王孫

つまり、久邇家・賀陽家・東久邇家の3家は、朝彦親王を祖とする「久邇宮グループ」です。

賀陽家と東久邇家の初代は、久邇家2代の邦彦王と兄弟にあたります。

一方、竹田家だけは北白川宮家から分かれた家で、久邇宮グループとは邦家親王の代で枝分かれしています。

皇室との結婚によるつながり

男系では遠い4家ですが、明治以降、天皇家との結婚によって女系では皇室と深く結びついています。

旧宮家天皇家から嫁いだ方・天皇家へ嫁いだ方つながり
久邇家良子女王(香淳皇后)昭和天皇の皇后。上皇さま・天皇陛下に久邇家の血が流れる
東久邇家聡子内親王(明治天皇の第9皇女)、成子内親王(昭和天皇の長女)明治天皇・昭和天皇の血を引く
竹田家昌子内親王(明治天皇の第6皇女)明治天皇の血を引く
賀陽家―恒憲王が香淳皇后のいとこにあたる

特に東久邇家は、明治天皇の皇女と昭和天皇の皇女の2代にわたって天皇家から妃を迎えたため、4家の中でも皇室との縁がひときわ深い家です。

男系で見ると、今の皇室とはどのくらい離れているんですか?

旧宮家と今の皇室の男系の共通の祖先は、室町時代の伏見宮貞成親王です。約600年もさかのぼるので、男系では「とても遠い親戚」なんです。宮内庁も、皇籍離脱のときの旧宮家の男子と今の天皇陛下は、36〜38親等離れていると説明しています。

4家のつながりのポイント

ポイント内容
共通の祖4家とも伏見宮邦家親王の子孫
久邇宮グループ久邇家・賀陽家・東久邇家(朝彦親王の子孫)
北白川宮系竹田家(能久親王の子孫)
皇室との男系の距離共通の祖先は約600年前の伏見宮貞成親王
皇室との女系の縁久邇家(香淳皇后)、東久邇家・竹田家(明治天皇の皇女)

くわしい家系図は、こちらの記事でまとめています。
→ 旧宮家の家系図記事(準備中)

養子縁組の対象になる男系男子の条件

結論から言うと、皇室の養子になれるのは、旧11宮家の男系の子孫で、配偶者と子のいない15歳以上の男性です。

条件内容
家柄1947年に皇籍を離れた旧11宮家の男系の子孫
性別男性
年齢15歳以上(上限なし)
家族配偶者(妻)と子がいない
手続き皇室会議を経て決まる
身分縁組の時から皇族になる

「旧宮家の男性なら誰でもいい」というわけではないんですね。

そうなんです。父から息子へと男性だけでたどれる「男系」の子孫であることが大前提です。たとえば旧宮家の女性が嫁いだ先の家に生まれた男性は、対象になりません。

「15歳以上・未婚」なら30代以上も対象になる

今回の改正では、年齢の下限は15歳とされましたが、上限は決められていません。

そのため、専門家が数えた「20代・30代の未婚男性11人」以外にも、40代以上で独身の方がいれば、法律上は対象になります。

逆に、今は15歳未満の男の子も、15歳になれば対象に加わります。

一方で、結婚している方や、お子さまがいる方は対象外です。竹田家の竹田恒泰さんが候補に入らないのは、このためです。

ケース養子の対象になる?
旧宮家の男系の子孫・25歳・独身なる
旧宮家の男系の子孫・45歳・独身なる(上限なし)
旧宮家の男系の子孫・12歳今はならない(15歳から)
旧宮家の男系の子孫・30歳・既婚ならない
旧宮家の女性が嫁いだ家の男性ならない(男系ではない)

なお、15歳以上の未成年でも、一般の養子縁組のように家庭裁判所の許可は必要ありません。

そのかわり、皇室会議で認められることが条件になります。

養親になれる皇族・なれない皇族

養子を迎える「養親」になれるのは、天皇・皇后両陛下、上皇ご夫妻、秋篠宮ご夫妻を除く皇族方です。

天皇家と皇嗣家は、皇位継承に直接かかわるため外されています。

実際に養親の候補とされているのは、次の4つの宮家です。

宮家当主
常陸宮家常陸宮さま(上皇さまの弟)
三笠宮寛仁親王妃家信子さま
三笠宮家彬子さま
高円宮家久子さま

宮内庁の黒田武一郎長官は、2026年8月までにこの4宮家に改正の内容を説明しています。

どの宮家が、どの方を養子に迎えるのかは、まだ決まっていません。

養子本人は「王」、皇位継承資格は子の代から

養子として皇族になった男性は「王」の身分となり、養子皇族男子と呼ばれます。

ただし、養子本人には皇位継承資格がありません。

皇位継承資格を持つのは、養子に生まれた男の子からです。

その子の皇位継承順位は、養親ではなく、養子の実家(旧宮家)の血筋をもとに決まります。

立場皇族になる?皇位継承資格
養子本人なる(王)なし
養子の息子なるあり
養子の娘なるなし
養子の妻なるなし

また、養子は自分の意思で皇籍を離れることはできないとされています。

一度皇族になれば、一生皇族として生きていくことになるため、ご本人にとって非常に重い決断です。

一生、皇族として生きる覚悟が必要なんですね。

だからこそ、宮内庁も「当事者の自由な意思が尊重されなければならない」としています。対象の方々の把握も、慎重に進められているそうですよ。

候補者の名前が公表されない理由

養子縁組の候補者の名前が公表されないのは、候補となる方々が一般国民であり、ご本人の意思もまだ確認されていないからです。

理由内容
一般国民だから旧宮家の子孫は、法律上ふつうの国民。プライバシーが守られる
意思が確認されていないから政府や宮内庁は、正式な意向調査をまだ公表していない
人数も推計だから専門家の調べによる数字で、公式な名簿はない

旧宮家の男系男子は一般国民だから

旧宮家の方々は、1947年に皇籍を離れてから約80年、一般の国民として暮らしてきました。

会社員や公務員として働く方も多く、皇族のように公の場に出る立場ではありません。

候補者の中には10代や20代の若い方もいます。

まだ本人が決めてもいない段階で名前が広まれば、学校や職場、結婚などの私生活に大きな影響が出てしまいます。

そのため、報道でも名前は伏せられ、週刊誌でも「Aさん」のように匿名で書かれているのです。

なお、2021年の政府の有識者会議では、4家に関する資料が配られたといわれていますが、その中身は公表されていません。

たしかに、いきなり「皇族候補」として名前が出たら、ふつうの生活は送れなくなりますよね。

そうなんです。だからこそ、新聞やテレビでも、候補者の名前は慎重に扱われているんですよ。

政府はまだ意向調査をしていない

改正皇室典範が成立した2026年7月の時点で、政府は対象者への意向調査を行っていませんでした。

施行に向けて、宮内庁は対象となる方々の把握を進めていますが、「当事者の自由な意思が尊重されなければならない」として、慎重に対応しています。

だれに、どのように意向を確かめるのかも、手探りの状態だと報じられています。

つまり、「だれが候補か」はまだ公式には決まっていないのです。

旧宮家の当事者はどう考えている?

報道では、旧宮家の関係者の声も伝えられています。

旧宮家関係者伝えられている考え
賀陽家当主・正憲氏皇室とは立場が違いすぎて恐れ多い、という趣旨
東久邇家征彦氏皇族の減少は心配だが、自分にそうした話があっても断る、という趣旨
久邇家朝宏氏(当主・邦昭氏の弟)皇族になるには相当な覚悟がいる、という趣旨

一方で、皇室から正式に声がかかれば応えるべきだと考えている方も何人かいる、という専門家の話も伝えられています。

いずれにしても、最後に決めるのはご本人です。

前向きな方がいるのか、実際に養子縁組が実現するのかは、これからの大きな焦点になります。

報道で人数に差がある理由

旧宮家の未婚の男系男子の人数は、報道によって「7人」「10人」「11人」「12人」などと差があります。

時期人数出どころ
2019年ごろ少なくとも7人専門家の調べ
2021年少なくとも10人百地章・日大名誉教授(有識者会議のヒアリング)
2025〜2026年少なくとも11〜12人百地章・日大名誉教授ほか

差が出る理由は、主に次の3つです。

  • 数える年齢の範囲がちがう:「20代以下」で数えるか、「30歳以下」で数えるかで人数が変わる
  • 数える家系の範囲がちがう:東久邇家から壬生家に入った系統などを含めるかどうか
  • 時間がたっている:子どもが成長して数に入ったり、結婚して外れたりする

どの数字も「少なくとも」という推計で、政府が発表した公式な人数ではありません。

この記事では、最新の報道で多く使われている「11人」を目安にしています。

改正皇室典範で養子縁組はいつから?今後の流れ

旧宮家の男系男子との養子縁組は、改正皇室典範が施行された2026年10月24日から可能になりました。

ただし、実際にだれかが養子になるには、ご本人の意思の確認や皇室会議の手続きが必要で、具体的な縁組はまだ決まっていません。

2026年7月17日成立、10月24日施行

皇室典範の改正は、長い議論を経て、2026年に一気に進みました。

時期できごと
2021年12月政府の有識者会議が、女性皇族の身分保持と旧宮家の養子縁組の2案を報告
2022年1月国会で、与野党による全体会議がスタート
2026年4月15日約1年ぶりに全体会議が再開
2026年6月10日衆参の議長のもとで「立法府の総意」をとりまとめ
2026年6月30日政府が皇室典範の改正案を閣議決定し、国会に提出
2026年7月17日参議院本会議で可決・成立
2026年7月24日公布
2026年10月24日施行(養子縁組が可能に)

1947年に今の皇室典範ができてから、中身をともなう本格的な改正は初めてです。

あわせて、女性皇族が結婚後も皇族の身分を保てるようにする改正も行われました。

また、改正法の付則には、30年ごとに制度を見直すことも盛り込まれています。

養子縁組は皇室会議を経て決まる

養子縁組は、養親となる皇族と養子になる男性の気持ちだけでは決まりません。

皇室の大切なことを話し合う皇室会議で認められる必要があります。

皇室会議は、総理大臣を議長に、次の10人で構成されています。

立場人数
皇族2人
衆議院の議長・副議長2人
参議院の議長・副議長2人
内閣総理大臣1人
宮内庁長官1人
最高裁判所の長官・判事2人

養子縁組が実現するまでの流れは、おおむね次のようになると考えられます。

ステップ内容
① 意向の確認宮内庁が、対象となる方の意思をていねいに確認する
② 養親との調整常陸宮家・三笠宮家などのどの宮家に入るかを調整する
③ 皇室会議養子縁組を皇室会議で審議し、認める
④ 皇族になる縁組の時から皇族(養子皇族男子)となる
⑤ 儀式皇族になったことを内外に示す儀式を行う

⑤の儀式については、宮内庁が、民間から皇族妃を迎える「結婚の儀」などを参考に、新しく検討していると報じられています。

誕生時に皇族でなかった人が養子として皇族になるのは、歴史上初めてのことです。

本人の意思が最大のカギ

制度はできましたが、養子縁組が実現するかどうかは、ご本人の決断しだいです。

一度皇族になれば、自分の意思で皇籍を離れることはできません。

仕事や住む場所、結婚相手など、人生の多くが大きく変わります。

旧宮家の関係者からも慎重な声が出ていることを考えると、すぐに縁組が進むとは限りません。

制度ができても、実際に養子になる人が現れるかはわからないんですね。

そうなんです。それに、養子縁組には、国民の理解が得られるかなど、いくつも課題があります。くわしくは別の記事でまとめていますよ。

旧宮家の養子縁組の課題については、こちらの記事でまとめています。
→ 旧宮家の養子縁組の落とし穴記事(準備中)

愛子さまのお相手候補として報じられた男子

ヴァンサンカン
https://www.25ans.jp/fashion/trends/g39480253/princessaiko-220325/

旧宮家の未婚の男系男子は少なくとも11人いますが、そのうち愛子さまのお相手候補として名前が挙がっているのは、賀陽家の兄弟と東久邇家のAさんの3人です。

理由はシンプルで、ほかの8人の多くは10代や幼い男の子で、愛子さまとは年齢が離れているからです。

週刊新潮の報道をもとに、11人を年代別に整理すると次のようになります。

旧宮家人数年代お相手報道
賀陽家2人20〜30代あり(兄弟とも)
東久邇家6人10〜20代あり(20代のAさん)
久邇家1人10代なし
竹田家2人10代と幼年なし

愛子さまは2026年10月現在24歳。20代〜30代の未婚の男系男子は、賀陽家の兄弟と東久邇家のAさんの3人だけということになります。

3人のプロフィール

旧宮家報道された男子愛子さまとの年齢差2026年の年齢主な報道
賀陽家長男6〜7歳上31歳2022年ごろ〜
賀陽家次男4歳上28歳2022年ごろ〜、2026年3月にも
東久邇家Aさん2歳下22歳2026年4月〜

※年齢は2026年春〜初夏の週刊誌報道によるものです。

賀陽家の兄弟|天皇陛下の同級生の息子さん

賀陽家の兄弟は、長く「有力なお相手候補」として名前が挙がってきた2人です。

注目される理由のひとつは、父親の賀陽正憲氏と天皇陛下とのご縁です。

正憲氏は陛下と学習院初等科からの同級生で、宮内庁や外務省に勤めた経歴を持ちます。

陛下が雅子さまをお招きした1987年のお茶会にも同席していたことが知られています。

報道によると、正憲氏がご学友として陛下にお会いする際に息子さんたちを連れて行ったことから、兄弟と愛子さまの交流が始まったとされます。

特に年齢の近い次男は、2026年3月にも有力なお相手として報じられました。

もうひとつの理由は家系です。1947年当時の皇位継承順位を今の家系図に当てはめると、4家の中で最も順位が高いのが賀陽家だといわれています。

一方で、陛下と正憲氏の関係が近年は疎遠になっているとする報道もあり、当主の正憲氏自身も、皇室との縁談は恐れ多いという趣旨の話をしています。

東久邇家のAさん|昭和天皇の血を引く新たな候補

2026年4月、新たな「最有力候補」として報じられたのが、東久邇家のAさんです。

前当主・信彦氏の弟・眞彦氏の孫にあたる方で、愛子さまより2歳年下です。

東久邇家は、昭和天皇の長女・成子さまの嫁ぎ先で、旧宮家の中でも今の皇室と最も関係が深い家とされます。

報道では、一族が毎年夏に葉山御用邸に滞在してきたことや、上皇ご夫妻が東久邇家と親しく交流され、美智子さまがAさんをお相手にふさわしいと話されていたという関係者の話も伝えられました。

ほかの8人はどんな人?

東久邇家の残る5人は、壬生家に入った基博氏の孫が2人(10代)、眞彦氏の次男の息子が1人、現在の家を継ぐ征彦氏の息子が2人(10代)とされています。

久邇家・竹田家の男子も10代以下で、竹田家の1人はまだ幼いため、15歳になるまでは養子縁組の対象にもなりません。

この世代の男子は、愛子さまのお相手というより、将来、養子として皇族になる可能性がある世代として見られています。

旧宮家内訳年代
東久邇家壬生基博氏の孫 2人10代
東久邇家眞彦氏の次男の息子 1人年齢不明(男児)
東久邇家征彦氏の息子 2人10代
久邇家1人10代
竹田家2人10代と幼年

※2026年6月の週刊新潮の報道にもとづきます。

報道はどう受け止めればよい?

本当にこの3人の中から、愛子さまのお相手が決まるんでしょうか?

それはわかりません。お相手報道の多くは匿名の関係者の話で、政治的な思惑を指摘する専門家もいます。天皇陛下と雅子さまは、愛子さまの恋愛結婚を望まれているとも報じられているんですよ。

愛子さまご自身は、2022年3月の成年の記者会見で、理想のお相手について「一緒にいてお互いが笑顔になれるような関係」とお話しされていました。

制度ができたからといって、すぐにご結婚の話が進むわけではありません。

愛子さまご自身のお気持ちを大切に、静かに見守りたいですね。

愛子さまのお相手候補について、くわしくはこちらの記事でまとめています。


あわせて佳子さまの結婚相手に関する記事はこちら!

まとめ|皇室の養子縁組候補は旧宮家4家の男系男子

ポイント内容
制度2026年10月24日施行の改正皇室典範で、旧宮家の男系男子を皇族の養子に迎えられるようになった
養子の条件旧11宮家の男系の子孫で、配偶者と子のいない15歳以上の男性(上限なし)
候補がいる家東久邇家6人、賀陽家2人、竹田家2人、久邇家1人(少なくとも11人・専門家の推計)
候補者の年代賀陽家は20〜30代、東久邇家は10〜20代、久邇家・竹田家は10代以下
4家のつながりすべて伏見宮邦家親王の子孫。香淳皇后や明治天皇の皇女を通じて皇室とご縁が深い
お相手報道賀陽家の兄弟(31歳・28歳)と東久邇家のAさん(22歳)の3人
名前一般国民のため公表されていない
養親常陸宮家・三笠宮寛仁親王妃家・三笠宮家・高円宮家が候補
養子の立場「王」となるが、本人に皇位継承資格はなし。生まれた男の子から資格あり
今後本人の意思を確認し、皇室会議を経て決まる。具体的な縁組は未定

2026年10月24日に施行された改正皇室典範により、旧宮家の男系男子を皇族の養子として迎えられるようになりました。

候補となる未婚の男系男子は、東久邇家・賀陽家・竹田家・久邇家の4家に、少なくとも11人いるとされています。

このうち、愛子さまと年齢が近い20〜30代は、お相手候補と報じられた賀陽家の兄弟と東久邇家のAさんの3人だけで、残りの多くは10代以下です。

ただし、候補者は一般国民のため名前は公表されておらず、ご本人たちのお気持ちもわかっていません。

制度はスタートしたばかりです。これからの動きを、静かに見守っていきましょう!

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